宇都母知神社
うつもちじんじゃ
住所 | 〒252-0824 神奈川県藤沢市打戻2662 |
電話番号 | 0466-48-9633 |
FAX | 0466-48-9633 |
HP | https://utsumochi-jinja.com |

由緒・由来
宇都母知神社の歴史は古く、平安時代中期にはすでにあったといわれている相模国十三社の一つとされています。「日本総国風土記」によると宇都母知神社は西暦459年にはすでに存在し、祭祀が行われていたことが記されています。
雄略3年(459年)【古墳時代】
「日本総国風土記」に厳粛な祭祀を行う記載あり。「相模国鷹倉郡宇都母知郷」に鎮座。
延長5年(927年)【平安時代】
「延喜式神名帳」に「相模国十三座(式内社)の内高座郡六座の内の一座宇都母知神社」と記載あり。※「延喜式神名帳」には「宇都母知神社」の社名が記載されています。
天慶2年(939年)【平安時代】
第61代朱雀天皇の御代、大和国の泊瀬より若日下部命の尊霊を遷座し、相殿に合祀。
正応3年(1290年)【鎌倉時代】
鎌倉幕府八代将軍久明親王の執権北条貞時(得宗家)が社殿を改築し、9月に参拝。
寛永4年(1627年)【江戸時代】
領主高木主水源正次が社地九百坪を寄進、また本殿を改築。この頃、「大神宮」・「神明宮」とも称す。高木氏は、清和源氏頼親流で徳川家康の三河以来の家臣団の一人で旗本。高木清秀公は本能寺の変後、家康関東移封に伴い相模・武蔵・上総三国内で五千石の加増を受け、文禄三年(1594年)相模国高座郡海老名に隠棲した。三男正次公が家督を継ぎ、のちに河内国丹南藩一万石初代藩主として移封されている。
明治6年(1874年)
郷社に列せられる。
大正12年(1923年)
関東大震災によって御本殿が倒壊。この御本殿は、安政5年(1858年)築 大正15年(1926年)御本殿等を復旧し、現在に至る。
令和8年(2026年)
御本殿再建100周年を迎える。
※宇都母知神社様HP 宇都母知神社の御由緒より