大阪府

近畿地方

大津神社

大津神社鎮座の起源は「小津の泊まり」に祀られた小祠であったといわれます。その後鎌倉時代に八幡大神を勧請し、以来「若宮八幡宮」と称していましたが、明治四十一年に、 宇多神社、神明神社、菅原神社の 三社を合祀し、事代主神社を境内社として合併し、式内粟宮を 境内に移築した際に、「大津」の総鎮守として、「大津神社」と改称されました。
近畿地方

堀川戒神社

堀川戎神社は、欽明天皇の御代〈539~571〉止美連吉雄(とみのむらじよしお)が蛭子大神の神託を受け堀江で玉を得て、これを御霊代(みたましろ)に蛭子大神を富島に祀り、瓊見社(たまみのやしろ)・止美社(とみのやしろ)と名付けたのが創祀と伝えられています。
近畿地方

枚岡神社

枚岡神社は、永く神津嶽にお祀りされましたが、孝徳天皇の白雉元年(はくちがんねん)(650年)9月16日に、平岡連らにより山麓の現地へ奉遷されたと伝えられています。神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)に、天児屋根命・比売御神の二神が春日山本宮の峰に影向せられ、春日神社(現在の春日大社)に祀られました。
近畿地方

岸城神社

岸城神社の境内地は当時の岸和田城主、小出秀政によって隣邑に鎮座していた牛頭天王と、岸和田城築造以前に当地で祀られていた天照大神と八幡神が併せられ成立しました。
近畿地方

大阪天満宮

奈良時代 白雉元年(650年)孝徳天皇様が難波長柄豊崎宮をお造りになりました頃、都の西北を守る神として大将軍社という神社をこの地にお祀りされました。以来この地を大将軍の森と称し、又後には天神の森ともいわれ、現在も南森町北森町としてその名を残しております。
近畿地方

豊國神社

当社は「豊臣秀吉公」「豊臣秀頼公」「豊臣秀長卿」を御祭神とする神社です。ここ大阪城跡は、かの有名な石山合戦にて石山本願寺の宗徒が11年にも渡り、織田信長の猛攻に対抗し続けた場所です。
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露天神社

創建以来一千三百年の歴史を持つ古社で、「難波八十島祭(なにわやそしままつり)」旧跡の一社である。曽根崎・梅田地域の総鎮守として現在も崇敬を集めている。
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阿倍王子神社

阿倍王子神社(あべおうじじんじゃ)は仁徳天皇のご創建と伝えられ、また一説には往古より阿倍野を本拠地とした阿倍氏の創建とも伝えられます。
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安倍晴明神社

安倍晴明の出身地については、大きく分けて3つの説があります。一、 大阪説二、 讃岐説三、 茨城説この中で最も有力なのは、一、大阪説です。『葛乃葉(くずのは)伝説』によると、晴明の父は大阪市阿倍野区阿倍野の出身とされています。
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道明寺天満宮

垂仁天皇の32年(西暦3)、相撲の祖といわれる 野見宿祢  が、「はにわ」を創って殉死に代えた功績で、「 土師  」の姓とこの辺り一帯を所領地として賜わって以来、遠祖天穂日命をお祀りしたのが土師神社の始まりです。
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