醫藥神社
いやくじんじゃ
住所 | 〒227-0048 神奈川県横浜市 青葉区 柿の木台28ー2 |
電話番号 | 046-251-0245 |
FAX | 046-256-7731 |
HP | https://www.kanagawa-jinja.or.jp/shrine/1202101-000/ |

由緒・由来
天正年間(安土桃山時代)の創建と伝えられる。真言宗関東三ヶ寺の一であった医王山薬師院東光寺の医王山の医と薬師院の薬をとって、医薬神社は寺院の境内に祀られて来たのである。
幕末の頃、東光寺の住持であった諦恵(水戸烈公の庶子)は、明治初年に谷本(ヤモト)の村名を以って姓とし、滾々と湧き出る境内の井戸に因んで、「谷本(タニモト)泉」と改名するや、水戸神道の影響を受けて、僧侶から神主となり、近隣四ヶ村(上谷本・下谷本・上市ヶ尾・成合)の檀下を神葬祭に改宗し、寺を廃して医薬神社を祀ったのである。次いで、第二代谷本広太郎、第三代谷本保、第4代谷本英雄と世襲して現在に至っている。
広太郎祖父が昭和の初めに1尺5寸四方の祠を改造営したものの、戦後朽ち果ててしまったので、氏子(旧檀下)の総意によって、3間余4方の社殿の御造営も完成し、昭和42年3月21日に遷座奉祝祭を斎行したが、やがて行われた土地区画整理事業が竣工したので、社殿の向きを180度転回して、今の向きに鎮座している。
昭和49年11月1日に土地区画整理事業が竣工してから、往時の10数戸からなる和田の寒村が急変して高級住宅地となり、時運に遅れじと、先ず鳥居を建立し、狛犬・石灯篭・手水舎と寄進されて、境内も一応整備された。
※神奈川県神社庁サイト 醫藥神社より