天神社(永谷天満宮)
てんじんしゃ(ながやてんまんぐう)
住所 | 〒233-0012 神奈川県横浜市港南区上永谷5-1-5 |
電話番号 | 045-844-7244 |
FAX | 045-342-5190 |
HP | https://www.nagayatenmangu.or.jp |

由緒・由来
相模国永谷郷(現在の上永谷ほか)座の天満大自在天神の御祭神である菅原道真公は、第六十代醍醐天皇の昌泰二(899)年、右大将に任命されました。道真公は更に、昌泰四(901)年正月七日には従二位にも叙せられましたが、その月の二十五日に、筑紫の大宰府(福岡県)に員外帥(定員外の役人)として左遷されてしまいます。
道真公は大宰府に着任した翌年、鏡に向かってご自身の姿を三躰の木像に彫刻しました。そしてその内の一躰は秀才淳茂に、一躰は筑紫大宰府安楽寺に、残る一躰は河内国(大阪府)土師村道明寺に安置されたのです。その後道真公は、延喜三(903)二月二十五日、大宰府に於いて五十九歳で薨じています。
さて、五男淳茂公ははじめ播磨国(兵庫県)に配流となりましたが、後に関東に下向して永谷郷の下の坊に居館を構え、道真公自刻の御尊像を奉祀して朝夕崇拝したことが、永谷天満宮のはじまりであると伝えられています。
その後御神躰は、菅原文時、藤原道長、上杉金吾らに伝わり、明応二(1493)二月のある夜、相模八ヵ郷の領主、上杉刑部太夫、藤原乗国が霊夢を見たことをきっかけに、天満宮の社殿を造営し御神躰を安置し奉りました。天文十二(1543)年に宅間伊織之亮、藤原綱頼が社殿を修造し、天正十(1582)年に宅間規富は宮社を再築しています。
明治六(1873)年に村社となった永谷天満宮は、明治四十四(1911)年四月三十日に神饌幣帛料供進神社に指定されました。 御創建から五百余年、永谷天満宮は現在も多くの参拝者に親しまれ、霊験あらたかに私たちを見守り続けています。
※永谷天満宮様HP 御由緒より